膵がんの早期発見について:「尾道方式」を中心に
昔のことになります。大学病院の初期臨床研修の最初で膵がんの患者さんを担当させて頂いたことがあります。40代前半の小柄な女性で娘さんがおられたと思います。自覚症状は心窩部痛(みぞおちの痛み)でした。がんは直径2cm程度でしたが、膵臓のがんは腹部の大血管など取りきれない組織に広がりやすく、転移もしやすいのです。がんの本体は外科の先生に取って貰いその後に抗がん剤投与や放射線治療も行われましたが、門脈などの大血管や腹腔神経叢に広がったがん細胞を根絶できず完治する事はありませんでした。
がん治療への第一歩は早期発見です。ところが、私が上で述べた方を担当してから40年近く経つのに膵がんは早期発見が未だに難しく、発見された時には手遅れになりやすいのです。2023年のわが国では男女併せて45,900例の膵がんが見つかっただろうと推定されています。同じ2023年には膵がんで40,400例が亡くなったと推測されています。同じ時期の大腸がん(罹患 161,100例/死亡54,400例)、肺がん(132,000例/78,700例)、胃がん(129,900例/41,800例)に比べると、膵がんがいかに死に近いがんなのかが判るでしょう。
膵がんを早期発見するにはどうすればよいのでしょうか?ここでは2007年から広島県尾道市(人口約25万人)で、尾道市医師会とJA尾道総合病院が中心となって行われてきた「尾道方式」による膵がん早期診断プロジェクトをご紹介します。
大腸がんなど数の多いがんであれば検診に参加する人たち全員に検便キットをお渡しして大便に血が混じっているか調べればよいでしょう。ところが膵がんにはその様な安価な検査はありません。そこで尾道市の先生方は無料の方法、すなわちご家族に膵がんの方がいないか、糖尿病を持っていないかなど、膵がんを起こしやすい要因について市民の方に尋ねることにしました。すなわち膵がんを発症しやすいとされるリスク因子を持つ方を中心に拾い出しを行い、その方々に腹部MRIや腹部CTなどを行い、問題がありそうな人に超音波内視鏡検査(EUS)などの精密検査を行うことにしたのです。結果的に18,507名の方を、上に述べた方式で膵がんリスクのある人に対してMRIやCT、EUSを用いることで2007年1月から2020年6月までの13年5カ月の間に610名の膵がん患者を見つける事ができました。そのうち10.5%に当たる64名がステージ0かIという早期で発見されていたと言います。
また610名の中で290名の方が手術可能でありました。医師は手術後5年後の生存率で手術が成功したかどうかを考えますが、尾道方式が地域に定着した2011年以降では5年相対生存率が17.9%で、以前の成績の約2倍に改善しました。この成果を踏まえ、広島県は県を挙げた膵がんの早期発見プロジェクト(Hi-PEACEプロジェクト)を開始しています(図)。聞きなれないプロジェクトクト名ですが、HiはHiroshimaの事。広島が平和を求める県であることにPancreas Cancer Early Diagnosis with Collaboration and Examinationを重ねたものだそうです。
大阪府においても尾道方式にならって、膵がんリスク評価、画像診断、EUSを駆使した膵がん早期発見プロジェクトがいくつか進んで来ました。膵がんのリスク因子の評価法が多少違う場合もありますが、これらでも膵がんを早期発見できるめどがつきつつあります。大阪府全体で膵がんを早期発見して根治可能にしようとする動きが始まっているのです。
当院では高性能なMRI装置やCT装置、EUS装置などを持っている関係で先生方から、既にこれらを踏まえた膵臓の精査依頼をしばしば頂くようになっています。しかしかかりつけの先生にお願いして膵がんリスクについて調べてもらうのも良いのですが、それならば皆さんが図を参考に自己評価されても構わないのです。要はご自身で自分に膵がんの発症リスクがあるかを考えていただくこと。必要ならかかりつけの先生に相談されると膵がんの早期発見のきっかけになります。図を参考にして頂けると良いと思います。
JCHO大阪みなと中央病院 院長 辻 晋吾